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2010年11月27日 (土)

時代から取り残された生活(「牛の鈴音」 イ・チョンニョル監督)

カンヌでも話題だったドキュメンタリー「牛の鈴音」を観ました。韓国の寒村が舞台で、死期の迫った牛と暮らす老夫婦の姿をじっくり描いた映画です。元来農耕に使われる牛は14才位までがピークだそうですが、この映画に登場する牛は40歳くらいだそうです。もう動くのもシンドイ歳なのに、毎日お爺さんと畑で働いてます。その姿は時代から取り残された寒村の姿でもあり、老夫婦の姿の現実にダブります。効率や機械化が最優先される現在。その真逆をいく村の生活は、一瞬非効率で無駄に溢れています。しかし本当の人間の生きる姿はここにあるのかもしれません。老牛の労働も、町で暮らす人々からは虐待にさえうつる瞬間もあるかもしれませんが、牛にとっても老人にとっても、そのままの姿以外何でもないんです。ただただ同じような日々が巡り来る季節と共に流れていきます。後半老牛は死んでいきます。それも唐突ではなく、まるで眠るかのように・・・。このシーンは息を呑むものがあります。まーイイ映画というんでしょう。しかし不満がない分けではないです。やはり幾らドキュメンタリーとはいっても監督の個人的な嗜好は張り込む。初監督だったイ・チョンニョルの誘導が感じすぎる点もあるのは否めないです。惜しいです。なのでドキュメンタリーを観たという感じではなかったです。脚本のある映画を観た感じでした。

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