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2010年7月 2日 (金)

敢えて架空の国にした事で作者の逃げがある(「この国。」石持浅海)

石持浅海さんの最新作「この国。」を読みました。何故(。)がついているのか?その点について何も説明がありませんが、読み終わると何となく感じる事があります。石持さんの作品は「扉は閉ざされたまま」「リスの窒息」に続いて三冊目です。先に読んだ二冊の印象は非常にトリッキーなミステリーを書く人だという印象です。さて今回の本は架空の国のお話です。連作短編集となっていますが、ここの作品は独立して読めます。但し最初と最後の話は物凄く繋がっているので、順番逆に読むと何が何だか分からないと思います(なので順番に読むのが正解)。政府と反政府の戦いが軸になっていますが、それ以外の話の方が面白かったです。エリート教育や海外からの売春婦の流入問題など。架空の国の話といっても今の日本の現状そのままです。ここで少し疑問。敢えて架空の国としなくても良かったのではないか?架空の国とする事で、現実の問題の批判から逃げ道を作っている気がします。しかしどう読んでも今の日本が頭に思い浮かびます。石持さんも分かって書いているとは思いますが・・・。その結果を受けてタイトルの(。)が活きてきます。つまりこの国(敢えて作者の意図通り書きます)は終わっているんです。なので終わりの句読点(。)がつくんです。政治混迷・財政破綻寸前・老後の不安・ニート問題など、現実の日本は本と末期を迎えています。その悲惨さに比べるとこの小説は少し弱かった気がします。架空の国とせずに正面からぶつかって書いて欲しかったです。

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