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2010年5月 7日 (金)

そもそも近未来とは何時なのか?(「TOGIO・トギオ」 太郎想史郎)

2010年このミステリーがすごい!大賞でデビューした太郎想史郎さんの「TOGIO・トギオ」を読みました。8年前から始まったこのミス大賞ですが、今ひとつ飛びぬけた作家を生み出していないのが気になる賞であります。ここらで大ブレイク作品出しておかないと今後の運営まで怪しくなる気がします。そんな中で登場したのがこの本です。前情報ではミステリーというよりはSFで、脅威の新人デビューと言う事だったので楽しみにしながら読みだしました。物語は近未来ということですが、始まりは昭和に存在したような陸の孤島のような寂れた山村が舞台。主人公が白と言う捨てられた少年を拾った事からいきなり物語りが始まります。何でもこの村では子供を捨てるそうで、それを拾う事は忌み嫌われ村八分になるという事が直ぐに分かります。その通りに少年は学校でも村でも悲惨なほど苛められます。そんな生活に耐えられなくなり、一人の男を殺した(実際は友人が殺したんですが)事をキッカケに東郷という都会に逃げていきます。勿論東京をイメージした大都市なんですが、この辺りから要約SFぽい設定になって行きます。頭に埋め込むようなデーターをそれぞれが持っていて、違法に書き換える裏業者が居たり、仮想世界で快楽を得る麻薬のような遊びがあったりと、中盤から俄然世界感が広がりをみせます。しかし広がりとは反比例して物語&筆力がドンドン落ちていきます。始まりは良かったに後半に進むほど読みたくなくなってくるんです。残念。普通逆でないといけません。そもそも近未来という設定が必要なのか?前半の村の話なんか現実的にある村ならではの排他的な話だし、後半の禽未来都市の話もそれ程未来の話を核にしている分けではない気がします。なので近未来と言う設定が筆力のなさの逃げにしか感じません。前半良かっただけに残念です。初めにも言いましたが、このミス大賞正念場ですね。頑張らないと本家のこもミスのランクまで信用度がなくなっていきそうです・・・。

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