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2009年11月 8日 (日)

美しいというのはそれだけで罪なのか?(「少女七竈と七人の可愛そうな大人」 桜庭一樹 )

今日は日本酒の会です。ここ二日仕込みの追われボロボロの状態です。たった今帰ってきました。明日も朝一から仕込みなので、夜中にブログ更新しておきます。本日紹介するのは桜庭一樹さんの「少女七竈と七人の可愛そうな大人」という一冊です。2006年に発売になっている本で、この後名作「赤朽葉家の伝説」を書き上げるので、ターニングポイントとなった作品です。元々ライトノベル作家だったの桜庭さんなので、この作品も少しライト系の香りのする作品となっています。淫乱の母親から父なし子として生まれた七竈は、産まれながらにして芸能人のような美貌を備えています。しかし本人は自分の外見には全く無頓着で、周りが勝手に騒ぎ立てます。そんな美少女七竈の周りにいる大人たちの話を、何気ない日常の話の中に織り込んでいきます。最後に(途中で何となくよめてしまいますが)大きな謎が明かされます。まー「赤朽葉家の伝説」と「ファミリーポートレイト」のライト版といった感じでしょうか?少し物足りない気がしますが、作品の出た順序を考えると妥当なのかもしれません。女性作家ならではの面白い表現があったので最後に書いておきます。「美しい男は楽しむもの。愛でて味わって食らいつくしたら、後に何も残らない」成る程ね。世間の美男子じゃない9割の男性が結婚出来るのは、女性のこういった感性かもしれませんね。美男子は眺めるもの、それ以外は生活する為のパートナー。世の中はこんな考えで回ってる。

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