« 久方ぶりにアメリカコメディーで笑いました(「トロピックサンダー史上最低の作戦」 ベン・スティラー) | トップページ | 無理に社会派になろうとしてないかい?(「天使の代理人」「星者は海に還る」「人は、永遠に輝く星にはなれない」 山田宗樹) »

2009年11月14日 (土)

日常潜む恐ろしさを淡々と描いた作品(「仮想儀礼」 篠田節子 )

私は特別な宗教を信仰していない。しかしお墓参りやお盆などのある種の宗教行事は当然何の疑問も無く行います。それはつまり認識が無いだけで、何かの宗教を信仰している事になるのだろうか?初詣に神社にも行ってお願いをするし、交通安全祈願に密教系のお払いも受けた事があります。要するに都合の良いときだけ何かにすがっているんだと思います。考え方によっては卑怯な人間です。その一方特定なの何かを誠心誠意信仰している人も世の中には沢山います。政府が発表する信者の数は、実際の人口を軽く超える数です。不思議に思っていたら今回読んだ小説で謎が解けました。篠田節子さんの「仮想儀礼」という小説の中にはこう書いてあります。いくつもの宗教を同時に信仰して居る人が世の中には沢山居ると。一体日本人は何を求めて何がそんなに不安なんでしょうか?天皇陛下=神だった戦前は完全なる信仰の対象があったからよかったものの、その形が崩壊した戦後は、自ら信仰となる物を見つけなければならなくなったからでしょうか?私には良く分かりませんが、世界的に不安定な昨今、更に怪しげな新興宗教が増殖する予感です。さて篠田さんといえば過去にも「ゴサインタン」「弥勒」という救いをテーマにした大作を書いてきましたが、今回はその集大成のような作品となっています。テーマはインチキ宗教です。このテーマは新堂冬樹さんの傑作「カリスマ」と全く同じです。新堂氏の「カリスマ」がこれでもか!と言うくらいの怒涛の展開で書きなぐっていった熱い作品だとしたら、篠田氏の作品は淡々と、そして冷静に人々が狂っていく様子を浮きぼりにする冷めた作品です。本としての面白さは新堂氏に軍配が上がる気がしますが、リアル感は篠田氏にある気がします。故に新堂氏の作品は完全にフィクションとして楽しめますが、篠田氏のは何処か背筋が寒くなるリアル感があり、ひょっとして自分の住むマンションの隣でも怪しい集団が居るんでは?と思ってしまうくらいでした。物語の始まりは、ニッチもサッチも行かなくなった男二人が、ネットでインチキ宗教を立ち上げ、一儲け企んだ所から始まります。それがあれよあれよという間に巨大になり、巨大になれば様々な問題が出てきます。インチキな宗教なのに、妄信的にのめり込む信者達、マスコミの攻撃、周辺住民との軋轢など、実際に起こるだろう事柄をこと細かに書き上げてあります。追い詰められた主人公達が、手を引こうと思った時は既に遅く、妄信的な信者達に逆に軟禁され逃げる事が出来なくなります。果たして狂気の果てに待つ結末は?といった感じの内容です。上下二巻にわたる超大作なので、内容はもっと濃いですよ。先程も書きましたが小説としての結末を考えると地味です。しかしだからこそジンワリ這い上がる恐怖感は読了後にあります。篠田氏が取り上げ続けている(救い)というテーマですが、今回も完全には出ていない気がします。結局は完全なる救いなど無く、自分自身の心で何とかするしかないんでしょうね。それを分かっていても何かにすがらざるを得ない人達が世の中に沢山いる事実。日本は幸せな国なんだろうか?もしかしたら国としての終わりが近づいているのかもしれませんね。

 

|

« 久方ぶりにアメリカコメディーで笑いました(「トロピックサンダー史上最低の作戦」 ベン・スティラー) | トップページ | 無理に社会派になろうとしてないかい?(「天使の代理人」「星者は海に還る」「人は、永遠に輝く星にはなれない」 山田宗樹) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日常潜む恐ろしさを淡々と描いた作品(「仮想儀礼」 篠田節子 ):

« 久方ぶりにアメリカコメディーで笑いました(「トロピックサンダー史上最低の作戦」 ベン・スティラー) | トップページ | 無理に社会派になろうとしてないかい?(「天使の代理人」「星者は海に還る」「人は、永遠に輝く星にはなれない」 山田宗樹) »