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2009年10月31日 (土)

結局法律では人は裁けない(「天路 TENRO」 宗田理 )

宗田理さんの「天路 TENRO」を読みました。私の住む愛知県豊橋市にも少し縁がある作家さんなんですが、どうにも「ぼくらの七日間戦争」のイメージが強くて手を出していない作家さんです。古本屋で何気にこの本を見つけ、裏表紙にある概要を読んだら私が好きそうな話だったので読んでみました。簡単に物語を説明すると、13歳で担任の女性教師を殺した少年が矯正院から出てくる所から始まります。被害者の母親に謝りに行くんですが、当然許しては貰えず、一生この贖罪を背負って生きなさいと言われます。その言葉を受けて少年は全国を贖罪の旅をする事を決めます。たまたま唄が得意だったので、自分が人を殺した話を正直に話した上で、今の気持ちを歌にして歌いながら全国を歩いて回ります。当然人殺しと罵られ、時には石を投げられたり襲撃されたりします。その度に少年は「殺されても仕方ない人間だから」と言い全国行脚をやめません。そうこうしている内に少年の行動が話題になり、少年に賛同する人達が現れたり、その一方人殺しを許すな!という過激な一派が少年の命を狙います。色々ありながらやがて少年の全国行脚は結末を迎えようとします。果たしてその先にあるのは何か?という感じです。読み終わってから知ったんですが、この前に13歳で殺人を犯す話があるそうで、この本は続編だそうです。前の話は読んでませんが、全く違和感なく読み終える事が出来ます。テーマ的には私の大好きなテーマだから期待したんですが、やはり前想像通り「ぼくらの七日間戦争」のイメージは覆りませんでした。こんなにも重たいテーマなのに話が軽い。正しく少年・少女向けに書かれた感じです。今時の少しひねた少年にさえ軽く感じるのではないでしょうか?あくまでも道徳的小説な感じでした。現実の世界は良い意味でも悪い意味でも、こんなに薄っぺらくはない気がします。残念。

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コメント


ぴゃー!!! お口ん中にたっぷり出してキタYO!!!

http://mika.acmahsjfms.com/06timjp/

ずっと口あんぐり開けて待ってるもんだから
喉の奥に思いっきり当たって女の子ゲホゲホむせてたし(^^;
てか出した後すぐにまたおねだりしてきて懲りない女だったお(^ω^)

2回目は顔 射だったけどなwww(^Д^)ギャハハ!!

投稿: 精 液ぬらあああぁぁwww | 2009年11月 1日 (日) 06時20分

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