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2009年6月 7日 (日)

萬月にも青臭い青春時代はあった(「幸荘物語」 花村萬月 )

愛すべき花村萬月氏の「幸荘物語」を読みました。この本は「吉祥寺幸荘物語」として発売されたものを文庫化にあたり改題して発売したものだそうです。萬月氏自身が売れないさ作家だった頃(吉祥寺)で暮らした経験を元に書かれているみたいです。発売はこちらの本の方が先ですが、以前読んだ「百万遍~青の時代」に似た感じの読了感でした。まー言っても萬月氏の書くことと言えば(暴力)(性)(哲学)が総てなので、今回もその三点を軸にした物語です。流石に実話に近い話だけあって、その三点もやさしめな視点で書かれています。主人公は作家志望の24歳の貧乏青年(多分萬月氏自身)。売れないカメラマンや自称芸術家の中年などの住む吉祥寺の(幸荘)という傾いたアパートに住んでいます。そこを中心に巻き起こる日常の何気ない出来事を青臭い哲学と共に描いてあります。物語の説明はこれで総てです。童貞を捨てたり喧嘩でボコボコになったり友が死んだりという青春小説にはありがちな事柄が淡々と描かれていきます。そしてその度に独白の様に語られる哲学に唸らされます。これは小説だろうか?殆ど萬月氏の自叙伝のような手触りです。世の中に溢れている青春は爽やかで真っ直ぐで甘酸っぱいものが多いですが、(女性の方は分かりませんが)実際は萬月氏の描く青春の方が共感を持てる人が多いのではないでしょうか?でも前の(浄夜)を読んだ時も書きましたが、萬月氏丸くなりましたね。円熟したという事でしょうか?昔みたいなヒリヒリする痛みは小説から感じ取れなくなったのは少し残念です。最後になりましたが印象に残った言葉があったので書いておきます。「アメーバーに不快な電気刺激を与えれば、アメーバーはそこから逃げ出そうとする。心地よい場所を求めて移動する。生物学的に全ての生き物は、実は快感を求めて生きているんだ」私達は知らず知らずの内に楽な生き方を選んでるんですね。

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