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2009年4月26日 (日)

岩井志麻子の集大成的な作品(「べっぴんぢごく」 岩井志麻子 )

私が小学生の時、私が通っていた小学校には誰が見ても可愛い少女が居ました。同級生は勿論、先輩・後輩はたまた先生や親までが認める美少女でした。何時もチヤホヤされ輝かしい未来しか存在しないように目に映ってました。時は流れ20歳の同窓会での席で、10年ぶりにその美少女と話をする機会がありました。その時の彼女の口から出た言葉に衝撃を受けました。誰の目から見ても輝かしい生活を送っていた彼女は、あの当時実は陰湿なイジメにあっていて、学校に行くのが本当に嫌だったと。この言葉には驚かされました。美人である事は総て良い事であるという単純な認識を持っていた私は考えを改めさせられました。やはりベクトルが極端だと逆に引っ張るベクトルも極端に力が働くんでしょう。もはや妖怪(?)といっても過言ではない作家岩井志麻子さんの「べっぴんぢごく」を読んでふとこの事を思い出しました。べっぴんとは美女の事。それが地獄ですよ!物凄く興味を惹かれるタイトルです。物語の舞台は岩井さんお得意の明治の岡山の山村です。放浪乞食の娘シヲは何の因果か突然村で一番の名士の養子となります。その時シヲ7歳。そしてこのシヲは死ぬ104歳の平成時代までを時代ごとに綴った呪われた家系の物語です。呪いのせいか美女と醜女が交互に生まれ、それぞれがその時代の波と男に翻弄されていきます。女しか生まれない家系の一代記といえば桜庭一樹さんの「赤朽葉家の伝説」を思い出させますが、大まかなアウトラインは似ている気がします。ただ岩井作品にはそこに物の怪が付きまといます。決してホラー作品ではないですが、人間の業や因果を感じさせる部分は背筋が寒い感じを受けます。岩井作品を総て読んでいる方には分かると思いますが、文中に彼女の過去の作品が沢山登場します。「ぼっけえ、きょうてえ」「黒焦げ美人」「魔羅節」などの代表的な岩井作品が登場するのは、ファンには嬉しい限りでした。美人というのはある意味別ベクトルの奇形。冒頭の同級生の言葉に衝撃を受けたように、この作品にも衝撃を受けました。何事も普通が一番という事でしょうか?まー普通て何?と言われると答えに窮しますが・・・。

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