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2008年11月22日 (土)

作品の舞台と同じく渇いた文章(「血と暴力の国」コマーック・マッカーシー)

昨日紹介したコーエン兄弟の話題の映画「ノーカントリー」の原作「血と暴力の国」を本日は紹介します。作者はコーマック・マッカーシーで、何とのこの作品は70歳過ぎてから書かれた作品です。少し前に友人に借りていたんですが、気分的に読む気になれず放置してありました。映画をレンタルしてきた状況で急いで観る前に読み終えたという状況です。通常こういった原作があって映画化されると、結構映画のほうが原作と違う部分があったりするんですが、驚く事にこの映画と原作は逆に違う部分を探すのが難しい程原作に忠実に映画化されていました。冒頭の年老いた保安がつぶやく様に独白する言葉も全く同じです。この部分を完全に忠実に再現している点から、矢張りこの本は老保安官の視点で読むべき本なんでしょう。原題も「No Country for Old Man」です。冒頭の独白にある様に、少年が殺人を犯した後に保安官は驚愕を覚えます。たいした理由もない殺人の上逮捕されても懺悔も無い。そして刑務所を出たらまた人を殺すだろうという少年。長い事保安官をやってきたが最近の事件の性質を全く理解できない保安官の嘆き。物語のスタートが本文とは全く関係ない独白です。しかし読み終えれば、物語の殺人犯の冷酷な上容赦ない殺人も、保安官には全く理解できず何時も一足遅れで死体が転がる現場に到着する。意味の無い残虐さを理解出来ない、犯人も逃げている人間も分かっているのに事件を未然に防ぐ事の出来ない自分の未熟さを恨みます。結果物語は殺人犯の計画通り総ての関係者が死んで終わります。何も出来なかった老保安官は引退を決意します。タイトルの意味する「老人には住みにくい国」を自覚する事件の事件の終焉です。一見するとお金を持ち逃げした男と残虐な殺人犯の逃走劇に主体が行きそうですが、やはり老保安官の視点で読まれるべき作品だとおもいます。作者が70歳を過ぎて実際のアメリカと言う国を憂いてこの作品を書いたんだろう思います。日本はどうだろう?やはり今の老人の視点で見たら(憂い)や(嘆き)に溢れているんでしょうね。未来の見えない現状は何処の国も同じかもしれません。

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受信: 2008年11月24日 (月) 22時56分

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