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2008年10月25日 (土)

荒唐無稽にみえて案外国民の総意(「燃えよ!刑務所」戸梶圭太)

昨日紹介した「告白」はある意味学校(学生)の荒廃を描いた作品でした。学生が荒れればその先にある大人時代は更に荒れる。まー確率的には当然の事でしょう。最近読んだ戸梶圭太さんの「燃えよ!刑務所」は、そんな荒廃した世の中を予見するような話でした。時は近未来。社会には犯罪者が溢れ、既存の刑務所は満杯状態。その結果暴動や刑期が短くなってまた悪さをする輩がシャバに溢れます。この状況を打破しようと今までに無い刑務所が作られます。その裏には身内や大切な人を殺された人達の復讐の執念が入っています。その刑務所はありえない事の連発。殺人者同士の殺し合い同然のプロレス興行。懲罰者には自家発電をする為の自転車を一日中漕がし、役に立たない囚人にはカップ麺のみ。その代わり何らかの才能で刑務所に収入をもたらした者には、豪華な食事と部屋が与えられます。ありえね!しかし一見荒唐無稽な話に見えて、結構国民の総意が織り込んであるきがします。今の世の中真面目に仕事をしても三食食べられる人が少ないのに、犯罪を犯し刑務所にいれば三食&住まいは保証され、何の意味も無い木彫りの製作や箪笥を作って一日が終わる。確かに自由は制限されますが、何故犯罪者のために国民の税金が使われなければいけないのか?真面目に考えると腹立たしい事実です。この本では刑務所の運営は民営化し、利益を刑務所の受刑者の何らかの才能や労働で得る。理にかなっています。何も出来ない人間は食事も質素は当然です。在る意味現在社会の厳しさを刑務所にもキッチリ持ち込んだ形です。ラストは吹き替えなしの囚人総出演のアクション映画撮影で大乱痴気騒ぎで終了します。少し生き過ぎな感はありますが、スカッと爽快な読了感でした。警察や国もこの小説を読んで少し考えてみたらどうでしょうか?罪人の為に真面目に働いて払った税金を使われるのはもううんざりです。

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