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2008年9月23日 (火)

敢えて飾り付けしなかった作品(「優しい子よ」大崎善生)

フィクションとノンフィクションの両方で素晴らしい活躍をする物書きが居ます。その名を大崎善生と言います。声を大にして言いますが私はこの作家が大好きです。今まで読んだ本(聖の青春ドナウよ、静かに流れよパイロットフィッシュアジアンタムブルー・九月の四分の一・孤独か、それに等しいものタペストリーホワイト)どれも、結構なレベルで気に入ってます。読む本殆どがミステリー系の私ですが、数少ないミステリー分野では無いお気に入りの作家さんです。さて今回「優しい子よ」という本を読みました。これが実に評価しにくい作品だったんです。ある日突然棋士である作者の妻の元に難病で余命後僅かの少年から手紙が届きます。勿論顔も誰かの紹介が有るわけではなかったので、初めは物凄く訝しい感じで手紙の存在を扱います。何通か手紙が届き次第に、少年と大崎夫妻の心はリンクしていきます。難病の治療で想像出来ない程の激痛を伴う入院生活を送りながらも、手紙の最後の棋士の妻の子供の頃の怪我を気遣う言葉を忘れない少年の優しさに大崎夫妻も読み手もやりきれない気持にならざるを得ません。しかし夫妻と少年は一度も実際に会う事無く死んでしまいます。ココまでが表題作。間に大崎氏が関係のあった人の没後の足跡を追う話が二編入り、最後に自分の子供が誕生する話で終わります。ある意味連作短編です。自分自身の子供が誕生する話では、何度か死んだ少年の記憶が顔を覗かせます。さてこの小説はフィクションでしょうか?ノンフィクションでしょうか?書かれている事は総て事実です。しかしノンフィクションを得意とする大崎氏の文体はあくまで小説ぽい書き方がされています。非常に微妙なんです。何の前知識も無いまま読んだので、大崎氏の本当の奥様が棋士ということも知らなかったので、初めは完全に作り物の小説だと思って読んでいましたが、それにしては余りにも飾りっけが無いんです。読みながらかなり悶々としてました。読み終わった後に長い後書きを読んで、この小説の書かれた経緯や作者の意図を知りやっとこの小説の全体像が掴めました。それでもやはり評価が難しい本である事は間違いありません。正直小説としては何のヒネリもない、ノンフィクションとしては圧倒的な臨場感が足りない。しかしそれこそ大崎氏が望んだ形なんでしょう。判断は読んだ人に任せます。最後に今回も名言がありましたので書いておきます。「なぜ、人間は死ななければならないのか、これから生まれてくる人間の場所を空けるためなんだ。そうしなくちゃ、この世は人間でうまっちやうだろ」殆どの作品で人間の死を必ず扱う大崎さんならではの究極の答えがここにある気がしました。

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