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2008年2月 1日 (金)

総ての偶然は必然か?(「奇偶」山口雅也)

人生を如何にして生きるか?といった感じの哲学書系の本を読むと必ずと言ってイイ程書いていある言葉があります。「総ての出来事は偶然でなく必然である」と。確かにこういった本は人生に行き詰まった時に読むのが殆どなので、その言葉には妙に納得がいったりします。しかし本当に偶然は存在しないのだろうか?その出るはずの無い問題に果敢にも挑戦した本を読みました。山口雅也氏の「奇偶」という一冊です。通常使われる(きぐう)という言葉は「奇遇」という漢字ですが、この本は「奇偶」です。広辞苑では「奇遇」は不思議な縁で出会う事で、「奇偶」は奇数と偶数と。丁と半と。という意味で掲載されています。この作品にはことある毎にサイコロが登場します。故に奇数と偶数を意味する「奇偶」が使われています。また裏には奇妙な偶然という意味もあるそうです。さて内容ですが、珍しく感想から先に言いますが大傑作です。作家を生業とする主人公は、ある日を境に奇妙な偶然に何度も遭遇します。カジノで何回も連続でゾロ目が出るシーンや、目の前でビルの屋上にあった巨大サイコロが落ちてきて人が死に、その落ちたサイコロの出目もゾロ目だったりと、サイコロに纏わる偶然に知らず知らずに巻き込まれていきます。そして突然の片目の失明。処置入院した先で出会ったのが「奇偶」というあるカルト宗教の尊師。その出会いが主人公を更に奇妙な偶然の世界へ誘います。そしてそこで起こる完全密室殺人!物語の行方は・・・。といった感じの物語です。でもこの本に限っては物語などどうでもイイ気がします。大半を偶然という存在に対して、易経・不確定性原理・シンクロニシティーなどをベースにして、著者ならではの理論でまるで講義でも聞かされるかの様に延々論じられます。この本の魅力は総てそこに尽きます。世間では竹本建治氏問題作「ハコの中の失楽」以来の奇書という評判でしたが、その評判に偽り無いです。一体今まで何作書かれたであろう累々たるオマージュ作品とはレベルが違います。只この本を面白いと思うかは約束出来ません。何故かというとミステリーでも小説でも無い気がするからです。ではなんでしょう?やはり「偶然」という出来事に対する論文として読むのが最適な気がします。この本にこのタイミングで出会ったのは「偶然」なのか?はたまたこの本を今呼んだ事が「必然」なのか?本を読み終わった後でも答えは闇の中です。

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