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2007年8月20日 (月)

一人の人間としての独白

「誰もが本当は少数派であり、ある場面では誰からも理解されぬ孤立した(個人)にならざるを得ないのに、普段は多数派に属せているという幻想によって、かろうじて社会生活を営んでいる。己が少数派と自覚した瞬間に少数派になるものなのだ。自覚する機会の無いまま生きていけるとしたら、大変幸福な事だ。それは悪い事ではない。だが自覚の無い事が、無神経な暴力にもなりうることを、せめて一回でも少数派の立場に立った事のあるものは、忘れてはならないだろう」打ちのめされました。イキナリ長々と書いたのは実はある小説の解説の一文です。小説自体の出来栄えや内容の深みに既に打ちのめされていたのに加え、この真実をピンポイントで付いたような解説。人は一人では生きていけない。どんなに隠匿した生活を送ったとしても生涯に誰とも交わらない事はあり得ない。望むと望まないに関わらず様々な人間と出会い、その出会いが人の人生を左右していく。真面目に考えると物凄い事です。しかし私達は日常生活の中でそこまで真意に人との出会いを捉えてはいません。言い合えれば出会った人に対して、知らず知らずに傷つけていたりしても本当に身近な人でなければ気付く事さえありません。しかし誰でも長い人生の中で一度くらいは、他人を傷つけているし、その行為に対して後悔や懺悔の気持を持ったことがあると思います。上記の解説にあるように、傷つけた事を自覚せずに一生生きていく人もいるかもしれません。しかし自分の何気ない無神経な行為や言葉が、誰かの人生を変えてしまったとしたら、そしてそれを数年後になって本人から告白されたとしたら、自分自身はどんな気持ちになるだろう?小説を読みながら解説を噛み締めながら考えさせられました。私は今の所そういった経験は無いですが、ただ自覚が無いだけで、もしかしたらあるのかもしれません。知る事が不幸せか?幸せか?必要か?不必要か?その場合の償いの仕方は?様々な疑問が頭に渦巻きました。兎に角一冊の小説が(勿論ノンフィクション以外で)、これほどまでに自分の人生を新ためて考えさせられるとは・・・。これは小説の持つパワーとしては最高峰のものでは無いかと思われます。解説を書いたのは最近直木賞を受賞した三浦しをんさんです。その三浦さんにここまでの解説を書かせたのが、柴田よしきさんの「聖なる黒夜」という名作です。あまりの面白さ&内容の深さに一気読みし、読み終えた後も様々な想いが頭を巡って仕方ありません。とりあえず何時も通りの単なる書評ではいけない気がしたので、先に自分の中に溢れかえった想いを本日は書かざるを得ませんでした。脈略のない文章になったかもしれませんが、手が勝手に動いたままを文章にそのまましました。明日は「聖なる黒夜」の作品としての評価を書きたいと思います。吐き出したお蔭でスッキリしました。

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