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2007年1月23日 (火)

正に今読むべき作品

約束通り本日も篠田節子さんについて書きたいと思います。ここ数年世間では鶏インフルエンザやSARSなどの、新型伝染病の話題で持ちきりです。過去の偉人たちのお蔭で簡単に治る薬が出来たり、病原菌自体が根絶してきた伝染病は沢山あります。しかしその病気が発見された当初は、原因が分らず対処法も無く沢山の死者さえも出ます。歴史上ではその病気で人口が半分ぐらいに減るほどの恐ろしい事実も残っています。一つの病原菌を解明したと思ったら、必ず新しい病原菌や細菌が現れます。何時までたってもイタチゴッコです。食物連鎖の頂点に居る人間の天敵としては根絶する事は無いんでしょうね。無くなれば人間の人口が爆発的に増え生態系自体が狂ってしまう恐れがあります。そして今話題なのは鶏インフルエンザです。死者こそ少ないですが発見されるたびに、鶏舎の鶏を総て処理したりする映像を良くTVのNEWSで見かけます。あれも臭い物には蓋をしろの原理で、根本の解決策には全くなってない状態です。さて前置きが長くなりましたが、現在のこんな状況を予見したかのような小説を篠田さんは1995年に書いています。新型の日本脳炎をテーマにした、ある小さなニュータウンのウイルス・パニック小説です。ある日発生した原因不明の奇病に翻弄される人々の姿をじっくり書き込んだ秀作です。そこにはヒーローも頭の良い天才医師も登場しません。地味な役場の職員や普通の看護士など普段は脇役にしかならないような人達が主人公となります。様々な憶測が飛び交いジワジワと人々が翻弄されて行く姿を圧倒的な筆力で書き込んであります。私自身も読んだのは既に10年以上前なので、詳細までは記憶に無いのですが、兎に角面白かった記憶だけは蘇ります。正に今の政府や関係者の対応を見ているかのようなリアル感に溢れています。最後になりましたがタイトルは「夏の災厄」と言います。10年以上も前に書かれた作品とはとても思えません。お薦めです。明日も篠田さんいついて書きます。

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