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2005年11月29日 (火)

信じるものは(足元)すくわれる

昨日TVの世界NEWSで眉唾な話が流れていました。内容はネパールに住む(ラム・バハダール・バンジョン)という15歳の少年が半年水も飲まず食べ物も食べず瞑想しているという内容で,地元ではブッタの産まれ代わりとして崇められ、毎日1万人の市民が拝みに訪れるそうです。しかし映像で見る限りどうみても半年何も口にしていないとは思えない。どちらかというとポッチャリしているし血行もイイ。肌も綺麗で毎日お風呂に入っているようです。地元の記者によると「夜は関係者が(どんな関係の人なんでしょう?)匿っているので事実がわからない」と言っていました。昼の間ずーっと瞑想してる事は凄いことだと思いますが、どうにも胡散臭い感じがします。この話を聞いて以前読んだ一冊の本を思い出しました。それは新堂冬樹の「カリスマ」という本です。新興宗教の裏側を描いた本で(カリスマと呼ばれる教祖のインチキ)や(人がどのようにして洗脳されていくのか?)など、圧倒的な筆力で書いた本です。私はこの本を読み終わった時人間の弱さを物凄く感じました。人は皆何かしらコンプレックスや悩みがありその点をつかれると異常に脆い。世の中で言う洗脳はその点を突けばいとも簡単に完了する(本の中に恐ろしいくらい事細かにかいてあります)。人事の様に感じている私ですが何か苦境に陥り手を差し伸べてくれる人がいたらどうなるかわかりません。それ程巧妙な手口で洗脳されていくのです(神秘的な演出だけでなく人間の脳の仕組みをよく理解した科学的な方法ですから)。ストーリーとして結末には賛否両論あると思いますが、前半の綿密にかかれた洗脳シーンや勧誘の仕方はリアリティーかなりあります。何にしても人間は何かすがる物や信じるものが必要な生き物です。ネパールの少年が本物でも偽物でも信じている人には関係ないのかもしれませんね。そういった対象が現れただけで満足しているのですから・・。

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